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有名な作家さんだけど、実は作品を読んだことがない、なんて経験ありませんか?

有名な人だと既刊が多くてどれから手をつけていいか分からないし、第一いきなり長編に挑むのはハードルが高い…という方も多いのではないでしょうか。

そこで今回おすすめするのが、宮部みゆきさんの短編集です。

怪奇、不思議、切なさと、宮部みゆきさんの”色”がたっぷり詰まった一冊をご紹介します!



幻色江戸ごよみ(げんしょくえどごよみ)




幻色江戸ごよみは、全編江戸時代を舞台に、ちょっとだけゾッとする人の業と悲しさを描いた作品です。

ゾッとするといっても、白い女の人が飛び出して来て「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」とか、これまた白い男の子に突撃隣の晩御飯されるとか、髪の長い女の人が井戸の中からこんばんはとか、そういったいわゆるホラーではなく!

背筋がひやっとして、じんわり汗が広がるような恐怖

自分の身近にも潜んでいそうだからこそ怖い、そして何故そんなことが起こってしまったのかを紐といていくと物悲しさが漂ってくる…そんな物語達です。


何篇か、かる~くご紹介いたしましょう!


紅の玉



この話の中心になるのは、飾り職人の佐吉という男性です。

飾り職人は、細かい細工が施されているかんざしなどを作る職人のこと。


佐吉の腕は確かでしたが、ある年、お上によってある改革が行われました。

それは分不相応な贅沢を禁止し、豪華なかんざしや櫛作ることも売ることも咎めるというもので、飾り職人にはとっては職を奪われるも同じでした。

当然、生活も困窮してしまいます。

体が弱く、ほとんど寝たきりの妻のお美代に、力の付く食べ物も温かい着物も何も買ってはやれず、良い医者にかからせてやることも出来ない。

そう苦悩する佐吉の家を、ある一人の侍が訪ねてきます。

年老いたその男性は身分は明かさず、「紅珊瑚の玉」を佐吉に差し出し、これで銀のかんざしを作って欲しいと依頼します。

どう見ても高価な紅珊瑚。

これをかんざしにするとなると相当豪奢なものになるとためらう佐吉でしたが、毎日食べていくのにも困る生活の中、高額の報酬を提示され仕事を引き受けることに。

佐吉は熱心にかんざしを作り始めますが、侍にはある思惑があり…


この贅沢禁止の改革

正確には奢侈取り締まり(しゃしとりしまり)というそうですが、始めてこの話を読んだときには「はああああああん!?」と本に向かってメンチを切っていました。

いや初めての体験です。

本にメンチ。


だってそれまで修業をして腕を磨いて、やっと職人になって奥さんを貰ったのにいきなり「かんざしなんか作っちゃやーよ」と職を奪われてしまう訳です。しかもなんのフォローもなしです。

ひどいと思いませんか?

今、私はこうしてPCでこの記事を書いているわけですが、そこにお役人が現れて「適当な記事書くの禁止な」とPC取り上げられて、もののついでに往復ビンタぱんぱん!とされたようなものです。

「なにコラ、たこコラ」とかかと落としの一発でもかましてやりたいところですが、現代でだってそんなこと出来ないのに、身分階級のはっきりしている江戸時代にお上に逆らうなんて出来るはずもないですよね…。

ただ黙って失職するしかない佐吉を思うとおいおいと涙が…とまではいきませんが、理不尽だなぁとモヤモヤはしたものです。

そんな「紅の玉」ですが、物語のラストのラスト、佐吉が心の内で妻のお美代に語りかける場面があります。

なあ、お美代―――

長さにして一行程度のものですが、その台詞がなんとも切なく、深く印象に残ります。
この話の理不尽の全てが込められたような一文になっています。

侍の正体と佐吉の叫び、ぜひ確かめてみてください。


器量のぞみ



お信という女性の結婚にまつわるお話です。

はっきり言ってお信はブスです。器量が悪くて体も大きい、力持ちでありそしてちょっとだけ乱暴者。

花も恥じらう18歳…なんて言葉を吹き飛ばしてしまうくらいの醜女なのです。

そんなお信を、巷で噂の美男子・繁太郎が「器量のぞみ」で嫁に欲しいと持ちかけてくるところから話は始まります。


器量のぞみというのは、読んで字のごとく器量が良いので結婚したい、ということです。

「可愛くて惚れちゃったからお嫁においで」、と。

失礼なんだか失礼じゃないのかよく分からない状態ですが、とにかくお信は求婚されます。

「え?あたしブスよ?」と戸惑うお信ですが、繁太郎の熱心なアプローチに嫁入りが決まり、あれよこれよという間に嫁いでいきます。

嫁いだ先でもびっくり、繁太郎の両親も妹たちもみんな美形なのです。

それなのに新しい家族たちはお信のことを「綺麗だ」「美しい」と口を揃えて褒めたたえ、「それにひきかえ自分達は…」と俯くのです。

おかしい、何かにたばかられている…と勘繰るお信。

実は繁太郎達一家にはある過去が…


顔で結婚が決まるという女性にとってはなんともデリケートなこのテーマ。

「うらやましい!」とも思ってしまう半面「むむむ…」とうなりたくもなります。

ですがやはりいつの時代も美人というのは人の目を引くものですよね。
女の私だって美人にはデレデレと優しくしてしまいがちです。

ありがと、なんて可愛い顔でニッコリ微笑まれたりなんかしたら溶けます。
夏場の氷のごとく。

美人がいたら男性だって女性だってお近づきになりたいと思うだろうと思います。

ですが今回のお信は少し話が違ってくるんですね。

だって彼女はブスなわけです。


ここまで女性の容姿に対してはっきり「ブス」と言い切る作品も少ないと思います(笑)

中途半端なら不愉快にもなりますが、持って回った嫌味な表現などなくあまりにもストレートな物言いなので逆に気持ちがいいくらいです。

また、お信も自分自身の容姿をそれなりに受け入れてはいますし、それでも頭にくるようなことがあれば思いっきり暴れてくれるのでストレスはたまりません。スッキリします。

物語終盤、お信はあることでひどく葛藤することになりますが、その姿はとても人間臭く共感できる部分が多いと思います。


やるべきことは分かっていても、なかなか踏み出せない…そんなもどかしい姿が描かれています。

自身の幸せと、大好きな人達の幸せ。その2つを天秤にかけるとき、人はどちらを選ぶのでしょうか?

器量のぞみは全体的に読み口が軽く、ホラー要素も少なめなので「ゾっとする話?まだちょっと心の準備が…」という方は、収録順ではなくこのお話から読んでみるといいかもしれません。

読み進めている内に、いつの間にか可愛く思えてくるお信。ぜひご一読ください。


まひごのしるべ



長屋の差配人・市兵衛のもとに、迷子が届けられるところから話は始まります。

差配人というのは借家の管理人のようなものです。


迷子だと連れて来られたのは、2歳くらいのようやく赤ん坊ではなくなったといった様子の男の子でした。

名前くらいしか話せない幼い男の子ですが、探ってみると首に迷子札が付いている。

迷子札にはその子と両親の名前、住んでいる地域が書かれていました。

安心した市兵衛は男の子を連れて、迷子札の住所へと向かいます。

その町の差配人に迷子を送り届けようとしますが、ここで可笑しなことが起こります。
自分の管理している長屋に”そんな子はいない”と言われてしまうのです。

どういうことかと食い下がる市兵衛ですが、差配人が薄気味の悪そうな顔をしているのに気が付きます。

そこでさらに話を聞いてみると、確かに3年前、迷子札の通りの名前の親子がこの町に住んでいたといいます。

しかし火事が起こったことで父親は亡くなり、その日から母親と子供も行方不明になってしまった。

火事が起こった頃の子供の歳と、市兵衛が連れてきた男の子の歳の頃は同じくらいであり、3年も経っているのだから行方知れずになった男の子であるはずがありません。

では、こんな迷子札をつけた男の子は一体…


行方知れずになっていた男の子が、歳もとらずに帰って来るというなんとも不気味な始まりです。

謎は少しずつに解明されていきますが、そこには物悲しいストーリーが隠されています。

人間の心の弱さやどうしようもない悲しみが淡々と書かれており、大袈裟な表現でないからこそ”どこにでもいそうな人”が犯してしまう罪と、思わずそうせざるをえなかった悲哀が伝わってきます。

読み始めは「歳とらないのかぁ。
いいなぁ、ケケケ」なんて軽く構えていましたが、話が進んでいくにつれ、そんな第一印象を抱いていた自分に水平チョップでもかましてやろうかと思えてきました。

アホかお前はと。お前こそ5歳くらいで頭の成長止まってんのかと。

そんな永遠の5歳児の私でも最終的には切ない気分で読み終えましたので、やっぱり宮部みゆきさんはすごいんですね、はい。
すっと感情移入できます。

いるはずのない男の子の謎と正体。切なさたっぷりに紐といてみて下さい。



だるま猫



夢と現実を突きつけられるようなお話です。

主人公・文次の夢は火消しになることでした。

しかし、その文次がいま一膳飯屋で働いているのは、火消のお頭に「しばらく火消しの傍からはなれて、どうしたいか考えろ」と、とりあえずの働き口としてここに連れて来られたからでした。

両親がいない文次は身一つで火消しの組に飛び込みました。

しかし彼は火消しになれなかったのです。一度は夢に足をかけたのに。何故か。

彼は「臆病者」だったからです。

火事場に行けば足がすくんで動けなくなる、怖くてしかたがなくなる。

そんなことが何度か続いて、やんわりとではありますが、お頭に引導を渡されてしまったのです。

そうして一膳飯屋に来てからも、夢を諦めきれずに文次は悩み続けます。

そんなある日、一膳飯屋の主人である角蔵が文次に話があると切り出します。

自分も昔は火消しだったという角蔵は、文次に一つの古ぼけた頭巾を差し出してくるのですが…


夢があるにも関わらずなりたい自分になれないもどかしさと、夢のために何を犠牲に出来るかと問いかけてくる話です。

文次はまだ子供です。

死に物狂いで頑張れば火消しにもなれるし”頭に思い描く自分は、本当の自分だ”と信じていました。

しかし彼は飛び込んだ夢の中で現実を知ってしまうのです。自分は臆病者なのだと。

そしてそれを受け入れられずに葛藤します。

なりたい自分になれない、なりたいものの素養を持っていない自分に悩む…といのは多かれ少なかれ誰にでもある経験だと思います。

描いたままの夢を実現できる人はほんの一握りですよね。

さらにいえば、夢を叶えられた人でも、その前に何度か壁にぶつかってはいるはずです。

ですから、文次にはほとんどの人が共感出来ると思います。主人公に共感出来ると、物語に入り込みやすいですよね。


私も昔はアイドルだったりモデルだったりに憧れた時期がありました。

女性なら誰しも一度は憧れるものですよね。

え?うんそうですよね。憧れますよね?ははは。

ですが私の頭の中には「鏡見ろやカス」だの「足の長さ測ってみろやカス」だの言ってくれる冷静なもう一人の自分がいましたので、黒歴史確定なドヤ顔の履歴書を各モデル事務所に送りつける…なんて一種のテロ行為をしなくて済んだわけですが…。

それでもやっぱり憧れへの未練ってありますよね。今でも一生懸命お化粧したり服を選んでみたりとか…

文次とは憧れの大きさが違う気もしますが、誰でも「文次と同じ気持ちだった頃」があると思います。

そんな葛藤する文次は、角蔵から夢への切符をもう一度わたされます。

ですがそれは言わば片道切符です。乗りきってしまえばもう後には戻れない。

ある「何か」を犠牲にしなければいけなくなります。

犠牲にしなくてはならないものとは何か。

そして犠牲を払ってでも夢を取るか、そのままの自分を受け入れるか。

皆さんならどちらを選びますか?

文次と一緒にあの頃へ戻って、少し悩んでみるのもいいのではないでしょうか。



さて、何話分か物語をご紹介して参りましたが、興味を引かれるお話はありましたでしょうか?

この本は約300ページの中に12編のお話が収録されていて、1話1話が短いので、あまり時間がなくても読みやすいです。

もちろん一気に読んでしまうのも楽しいですよ!

時にサクッと、時にどっぷり、宮部みゆきワールドに浸ってみて下さい。



紅の玉




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